リタイア後は「役割」見つけて

2018年11月27日 公開

 

 「退職後の夫が家でごろごろしてばかりなんです」
 60代専業主婦の妻がためいき混じりに話します。熟年離婚の危機か?と思われるが、そうではありません。離婚など誰もしたくはありません。

 夫がごろごろしている、とはどのような状態かといえば、朝7時に起きて新聞を読みながら朝食をとり、終えるとテレビの前に座ってお茶を持って来い、茶菓子はないのかと運ばせ、昼には昼ご飯をとり、午後はテレビの前にモバイルPCを置いて時々キーボードを叩き、コーヒーを運ばせる。夕方になると少し寒いから毛布を持って来いと言いつけ、夫婦の会話は何か用事を言いつけられるときだけで、18時には夕刊を読みながら夕食をとる。後は寝室に入ってテレビの前で横になって眠るまでずっとテレビがついている。

 せつない。
 なんと切なく寂しい日々を送っていらっしゃるのでしょう。金融機関に勤務していた時代の知人と会うこともなく、友人もなく外出するのは買い物を頼んだときだけで、あとは自宅でただ食んで眠る。

 今まで仕事中心で家庭を顧みなかった夫が、家庭内だけにいることの寂しさと、一日3食きっちりお世話しなければならないことに疲弊しはじめている妻が望んでいるのは、夫に仕事以外の生き甲斐を見つけてほしいということだ。

 「スーパーボランティアの尾畠のおじいちゃんほどの活躍は望みませんが、もっと生き生きしてほしいんですよね」

 ボランティアを行う試みは、いいと思います。山口県で行方不明となった男児の発見に尽力した大分県の尾畠春夫さん自身は「魚屋で受けた恩を返すための奉仕の心であって、自分ではスーパーボランティアなどとは思っていない」とおっしゃるが、素晴らしいボランティア精神の持ち主です。

 高齢者のボランティアは方々で求められています。

 自宅でごろごろしている夫君がボランティアを始めることで、妻が望む生き甲斐を手に入れることができるかもしれませんし、朝夕読み続けている新聞から得た知識を活かすこともできるでしょう。40年近くにわたる仕事上での経験を活かすことのできるチャンスでもあります。そして何より大切なのは、ボランティアを始めることは「外に出かけるきっかけ作り」ができることです。外に出ることによって人間関係も広がります。

 専業主婦の妻は、ご近所や地域との人間関係を長年のうちに持っていますし、子育てからつながる関係性もありますし、生活スタイルも確立されています。ところが、多くの夫たちは定年退職を迎えるまで仕事に邁進し、地域活動や子育てにあまり関わることができていません。したがって退職とともにご自身の持つ人間関係と居場所すべてを一度に失って、喪失感から無気力になりかねません。

 地域でボランティア活動を始めることの利点は、新しい人間関係を築くことができることです。従来の仕事にかかわる上下関係ではなく、親戚でもありません。年齢や性別に囚われることなく、さまざまな垣根を越えたところから新しくスタートできるのがボランティア活動です。

 ボランティアは頭も身体も使いますし、関心のあるテーマで新しいことに挑戦するのは若さを保つ秘訣でもあります。

 心や体の若さを保つことは大切ですが、年を重ね老化するのも自然なことですので、「健全な老化」を考えなければなりません。

 健全な老化とは、1.心と体が健康である。2.対人関係が穏やかである。3.なんらかの役割を得ている。

 退職後の夫君がごろごろしているのは、役割を得ていると実感できていないからでもあります。

 ボランティアは、けして暇だから行うわけではありません。生き甲斐としても時には使命として行うものでもあります。ボランティア活動の中から役割を見いだし、そこから新たなビジネスを始める方々もいらっしゃいます。

 まずは外に出て、身体と心の健康のためにも役割を得ていかれると素敵ですね。

池内ひろ美(いけうち・ひろみ)
家族問題評論家、八洲(やしま)学園大学教授
岡山市生まれ。恋愛や結婚・離婚、親子関係などのコンサルティングから、作家、女優、大学教授など幅広い分野で活躍。コンサルティングでは、これまで3万7千件以上の相談に応じている。さらに、メディア出演や執筆活動、Girl Power代表理事などの職務を通して、世の中への情報発信や啓蒙活動も行っている。